千早赤阪村 観光案内

金剛山 棚田 楠公史跡
自然と歴史の宝庫、奥河内、千早赤阪村
千早城 ・ 千早神社
千早城は、かつて金剛山中腹にあった山城で、鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した楠木正成の城です。
三方を深い谷が囲み、残りの一方は金剛山の山頂へ連なる尾根となっています。
現在でも、千早城の城址への道のりは険しく、ちょっとした登山へ行くような心構えが必要です。金剛山登山口から千早城址までは、徒歩で約20~30分程度ですが、ずっと登りです。
現在、本丸の跡地には千早神社があります。
千早神社
日本100名城
千早城は、日本100名城(55番)に選ばれています。
日本100名城は、財団法人日本城郭協会により、2006年4月6日(城の日)に認定されました。
2007年6月より、「日本100名城スタンプラリー」が開始されています。
(スタンプはまつまさにあります。営業日にご注意ください。)
金剛山麓 まつまさ
山岳要塞の指令所
楠木正成は、前衛の城として下赤阪城を、本城として上赤阪城を持っていました。千早城は詰め城でした。
千早城は堅牢な山城で、正成が奇策を用いて籠城戦を戦いぬき、最終的に幕府軍を撤退させる事に成功した事で有名です。
正成は、金剛山一帯にいくつもの要塞を築き、その指令所として千早城を用いたと伝えられています。
金剛山頂付近にその名を残す国見城址も、そういった要塞の一つです。
国指定史跡
千早城跡は、国指定史跡です。
詳しくは こちら をご覧ください。
国指定文化財等データベース 文化遺産オンライン
写真
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